共創のまちぐらし

2023.10.30
共創のまちぐらし
【レポート】アーティスト イン レジデンス2023@函館西部地区

アーティストが街に滞在して、そこで得たインスピレーションをもとに作品を作る。
『アーティスト イン レジデンス(滞在型の芸術制作)』と呼ばれるプロジェクトが函館西部地区で行われたのは2022年のことでした。(その時の様子はこちら

初年度は4名のアーティストが函館に滞在して、写真や絵、詩などの作品を制作。
西部地区を中心に開催された展覧会も好評を博しました。
その後、函館を気に入った4人は共同で家を借り、今も地域との付き合いを続けています。

街の内側と外側を繋ぎ、新たな関係性を築いたアーティスト イン レジデンスが、今年も開催されることになりました。
今回は東京を拠点にミュージシャンとして活動するDogeatingdogsさんと、大阪のペインター・Toshikiさんが函館に滞在。
地元の事業者が実行委員会を立ち上げ、住民視点で街を案内するローカルツアーや、地域とアートの関係性を考えるトークイベントなどを開催しました。

作品制作のインプットとして函館に滞在したアーティストは、そこでどんな日々を過ごし、何を感じたのか。
その模様の一部をお伝えします。

プロフィール

・Dogeatingdogs

1993年、大阪府生まれ。先輩の影響でパンクミュージックに触れたことがきっかけで音楽にのめり込む。ドラマーとしてバンド活動を経て、現在はヒップホップやエレクトロミュージックを融合させた音楽を制作。アニメーションやファッション、詩など、様々な分野とのコラボレーションを通じて活躍の場を広げている。

・Toshiki

1993年、熊本県生まれ。大阪を拠点に活動するペイントアーティスト。ウォールアートやライブペインティング、ブランドロゴの制作などを行なっている。2022年には和歌山県の老舗ラーメン店から依頼を受け、3階建てのビルに縦14メートル、横6メートルの巨大な壁画を完成させた。土地の歴史や文化を織り込んだ絵を得意とする。


コミュニケーションによって近づく街との距離

Dogeatingdogsさんと、Toshikiさんが函館にやってきたのは9月上旬のこと。例年にはない長引く残暑のなか、西部地区のホテルを拠点にアーティスト イン レジデンスがスタートした。

これまでずっとオンラインで打ち合わせを重ねてきた2人のアーティストと実行委員メンバーが初めて顔を合わせたのは、大門の老舗『鳥辰』。肉のバイヤーをしていたマスターが経営する、地元の人気店だ。この時期は外のテーブルで飲むのが気持ちいい。

函館に来るのは初めてというDogeatingdogsさんは、街の第一印象について次のように話す。

「最初に驚いたのは地形ですね。僕らは飛行機で来たんですけど、上空から見ると函館って本当に海に囲まれた街じゃないですか。ホテルからどっちの方向に行っても海があって、それぞれ違う風景が広がっているというのは、今まで行ったどの街とも違うなと思いました」

Toshikiさんからは「まだ少ししか歩いてないんですけど、街がコンパクトなのがいいですね。お店があるエリアからちょっと歩いたら海も山もあって、めっちゃいい環境だなと思いました。函館って観光地のイメージがあったんですけど、住みやすそうですね」との感想が。

北海道の生活では車が必須と思われがちだが、西部地区に関していえば徒歩圏内に電停やスーパー、飲食店などがある立地の物件も多い。その上、海と山も近いというのは都市部にはないロケーションで、函館の魅力のひとつなのだろう。

2軒目に向かったのは、『函館ブリ塩ラーメンと酒と肴カモン』。その名の通り、函館での漁獲量が増えているブリを使ったラーメンや、塩辛・身欠きニシンなどの郷土料理が味わえるお店だ。

大門横丁という人通りの多い立地もあり、お店の常連さんがフラッと立ち寄ったり、実行委員メンバーの知人が合流したりと、いい意味で予想のつかない酒場らしい交流が生まれていく。街のことを知ってもらう上で、こうしてたくさんの人と出会って話すのは最も有効な方法なのではないだろうか。

今回のプロジェクトにDogeatingdogsさんとToshikiさんを紹介してくれたのは、前回のアーティスト イン レジデンスで函館に来てくれた詩人の黒川隆介さんだった。彼がなぜ2人を推薦してくれたのか、時に真剣に函館の話を聞き、時に愉快に酒を酌み交わしている姿を見て、その理由がわかったような気がした。

最終的には、みんなで肩を組んで集合写真を撮るまでに意気投合。とてもいい雰囲気のなかで、2023年のアーティスト イン レジデンスはスタートを切った。

食と生産者を巡るローカルツアー

滞在期間中、アーティストの2人には自由に過ごしてもらいつつ、実行委員メンバーが街や人を紹介するツアーも行われた。

最初に行われたのは、函館で食品開発やイベント制作などを手がける『ハコダテミライカモン』による“食”をテーマにしたツアー。まずは近海で水揚げされた魚のせりが行われる函館市水産物地方卸売市場を訪れる。

この場所を案内してくれたのはハコダテミライカモンのメンバーで、小西鮮魚店の代表を務める小西一人さん。前職はプロダクトデザイナーという異色の経歴を持つ函館のローカルプレイヤーだ。

せりの会場というと、少しでも安くいい魚を仕入れようとする人たちが競い合うピリピリした空気の場所というイメージがあるが、函館市水産物地方卸売市場の雰囲気は意外にも和気藹々としていた。小西さん曰く、函館の卸売市場はアットホームで、同業者同士の仲もいいのだという。

函館では、買い手がより高い金額を提示して魚を競り落とすのではなく、値段を徐々に引き下げていって買いたい金額で手をあげる「下げぜり」という形式が採用されている。これによってひとつひとつの取り引きが長引かず、よりスピーディに新鮮な状態で魚を出荷できるそうだ。

聞き慣れない専門用語が高速で飛び交うのを見て、Dogeatingdogsさんが「これも函館の音ですよねー」とつぶやいた。こうして街で聞いた音や、見聞きした光景も、作品に反映されていくのかもしれない。

せりが終わると、小西さんがヒラメの神経締めを体験させてくれた。神経締めとは魚が元気な状態で先に神経を止めてしまう締め方で、これによって身の鮮度が保たれ、より美味しい状態で食べられるという。

神経締めしたヒラメはすぐにさばかれ、市場の2階にある食堂で刺身にしてもらった。歯を押し返してくるほどの強い弾力と、噛めば噛むほど溢れてくる甘さに、2人とも感動しきりの様子。「去年のアーティストさんたちが、函館に家を借りた気持ちがわかってきました」と笑うToshikiさんの表情が、その美味しさを物語っていた。

いくら保存や輸送の技術が発達したとしても、産地で食べる鮮魚の美味しさには敵わない。自分で締めた魚となれば、なおのことだろう。

贅沢な朝食を堪能した2人は、西部地区から少し足を伸ばして大沼へ。ハコダテミライカモンのメンバーである大藤将太さんが運営する『パド・ミュゼ』を訪れた。

パド・ミュゼは、自然のなかで動物との暮らしを実践している牧場。畜産やメープルシロップ作りが行われているほか、保育園も併設されている。そこで出会った子どもたちについて、Dogeatingdogsさんは「これぞ北海道って感じの大草原の中に保育園があって、僕らが行ったら園児たちが『変なやつが来たー』みたいな感じで話しかけてくれたんですよ。その目がすごくキラキラしてて、こんな環境で育つ子は、どういう人になっていくんだろうって。なんかすごく考えさせられる時間でした」と振り返った。

大藤さんがパド・ミュゼで用意してくれたのは、駒ヶ岳を眺めながらのテントサウナと、自分たちで育てた羊を使ったジンギスカン。昨年のアーティストインレジデンスでも参加者たちを虜にした食と自然体験のコンテンツだ。

海があって山があって、魚も肉も地元産の新鮮なものが手に入る。言葉にするとシンプルだが、実際に体験してみると、その豊かさを思い知らされる。ゲストを案内することで、自分たちも改めて地域の魅力を実感するツアーとなった。

街の歴史と文化に触れる西部地区ツアー

函館西部地区は、教会や倉庫群、和洋折衷の伝統的建造物などが建ち並ぶエリアで、異国情緒あふれる街並みは北海道遺産にも登録されている。

そんな街で建物の再生と利活用に取り組んでいるのが、『箱バル不動産』の蒲生寛之さんだ。彼が仕事で関わったり、普段から通うお店を中心に街を案内してもらうツアーも組まれた。

最初に訪れたのは『tombolo』。西部地区に2店舗を構えるパン屋さんで、自作の薪窯で天然酵母のパンを焼いている。

我々が訪れたときには、店主が軒下でパンに使用するくるみを選定していて、それはまるで映画の一場面のような静かで美しい光景だった。

商品にも店構えにも作り手の美学が感じられるお店。西部地区には、そういう個人店がたくさんある。

tomboloから歩いてすぐのところにある『ホタルぱん』も、そういうお店のひとつだ。もともとは布団店だった建物をリノベーションして、焼き菓子とパンのお店として2022年にオープンした。

ご主人が焼くのは、モチっとした食感で優しい味わいのパン。奥さんは季節の食材を使ったマフィンやスコーンを焼いている。2人の人柄が店の空気に溶け込んでいるようで、いつ行っても穏やかな雰囲気で心地いい。

こうして古い建物に唯一無二の価値を感じ、新しい取り組みを始める人たちが、今の西部地区を面白くしているのは間違いない。それは都市部との比較では語れない、この街だからこそできる表現の在り方なのだと思う。

焼き菓子のお供には、コーヒーが欲しくなる。そんなときには『FABLIKET』に立ち寄るといい。ここは美味しいコーヒーとドーナッツでゆったりした時間を過ごせるお店で、暮らしに彩りを与えてくれる可愛らしい雑貨も販売している。

以前は別の町でお店をやっていたご夫婦に函館の魅力を伺うと、「函館は目に優しい街ですよね」という答えが返ってきた。これにはアーティストの2人も納得の表情。人の多さや、自然との距離、建物の色合いなど、言われてみると確かに函館の街の風景は目に優しい。

この日のお昼は、『宮里商店』の焼きそばをテイクアウトして立待岬へ。ここは西部地区の突端にあたる場所で、天気がいい日には津軽海峡の先に青森が見渡せる。

眺めがいいだけでなく、売店で買えるツブ貝も絶品で、夏の間は絶好の外飲みスポットになる。海を目の前に、昼間から一杯飲むなんて、都会ではなかなか体験できないシチュエーションではないだろうか。そういう西部地区の日常を、アーティスト2人にも味わってもらうことができた。

午後からは、築100年の倉庫を改装して作られた『LOFT HAKODATE』へ。洋服や雑貨の販売のほか、音楽イベントも定期的に行われている西部地区のカルチャースポットだ。

スタッフの方に函館の音楽シーンについて尋ねたり、たまたま共通の知り合いがいることが発覚したり、この場所らしい関係性が紡がれていく。住んでいる場所が離れていても、カルチャーは人を繋ぐのだと実感させられる場面だった。

次に向かったのは、入舟町の倉庫の一角にある『épuis & co.』。花束やアレンジメントの制作や、店舗のディスプレイなどを手がける花屋さんで、西部地区に新たな彩りを与えている。

店舗部分の奥には巨大な倉庫スペースが広がっており、ここはスタジオとして改装をしている途中だという。2階に上がると、その巨大な梁に圧倒される。中央にはステージがあり、ここでウェディングフォトの撮影などが行われているそうだ。

「ここで展示やってみたい!」「音楽イベントもいいよね」など、迫力ある空間に触発されて次々とアイデアが飛び交う。巨大なウォールアートを制作しているToshikiさんも、「東京や大阪には、こんなに広くて雰囲気のある空間はないですよね。こういう建物があること自体が街の個性だし、めっちゃ羨ましいです」と驚いた様子だった。

西部地区案内の最後には穴間海岸へ。立待岬の反対側に位置する函館湾に面した海岸で、夕日の名所としても知られている。

波の音を聞きながら行き交う船を見る時間は、日々の忙しさを忘れさせてくれる。特に会話を交わすわけでもなく、それぞれが好きな場所から海を眺めて過ごし、盛りだくさんの内容だった西部地区ツアーを締めくくった。

地域とアーティストの新しい関係性

美味しいものを食べ、街歩きをすることばかりがアーティスト イン レジデンスではない。別日には函館西部地区に新たなシステム開発拠点『ICT KŌBŌ® HAKODATE』を開設したTOPPAN株式会社とのミートアップも実施。双方がそれぞれの活動実績を紹介しながら、函館で協力できることを探った。

こうしてアーティストと企業がタッグを組むことは、地域の可能性を広げるきっかけになるはずだ。開港都市という歴史を持つ函館で、外からやってきたアーティストと企業、そして地元の人たちがパートナーとなって新しい価値を生み出す。それは実に函館らしいアプローチと言えるだろう。作品制作の先には、次なるコラボレーションが待っているかもしれない。

滞在の終盤には元町公園内にある『Jolly Jellyfish』で、地域とアートの関係性を考えるトークイベントを開催。アートに関心を持つ多くの市民が集まった。

今回の滞在を経て、街の見え方に変化はあったのだろうか。改めて函館の印象を伺うと、それぞれ次のような感想が返ってきた。

「都会にいると、光が多すぎて星が見えなかったり、常に騒音が近くにあるじゃないですか。函館に滞在してみて思ったのは、あんまり人工音がない街だなってことです。朝起きると鳥の声が聞こえてくるし、海や風の音も近く感じられるなと。そういう環境に身を置くことで、自分の時間の流れがすごくゆっくりになった感覚があります。ゆっくり街を歩いて、いろんな店を見つけて、そこで時間を過ごすという過程が自分にとってすごく新鮮で、等身大の自分に戻ったような、あるべき姿を確認できたような期間になりました。

この1週間でいろんな方とお会いしたんですけど、おおらかな人が非常に多くて、やっぱり環境が人を作っているんだろうなと思いました。都会にもいいところはたくさんありますけど、やっぱり忙しくてせかせかしてるから、心が圧迫されることも多いんですよね。函館は時間がゆっくり感じられるし、人もおおらかで、すごく安心感のある街だなと感じています」(Dogeatingdogs)

「印象に強く残っているのは、函館で出会った人たちです。特に西部地区は高齢化が進んでいたり、観光客だけの街になっていたりというなかでも、地元の人たちが強い想いを持って活動しているのを感じました。僕も熊本の田舎で生まれ育って、今は大阪で活動していますけど、いつかは地元を盛り上げたいと思ってて。そういう同じような気持ちを持っている人たちと函館で会えたのは、とても刺激になりました。

熱い想いを持っていながら、みなさんすごく落ち着いていて、関わりやすい空気を持ってる人が多いですよね。自分がやりたいことをしっかりやりつつ、排他的ではないというか。そこがすごく素敵な街だなと感じました」(Toshiki)

函館での滞在を経て、これから2人は作品制作に取り組む。函館の街や人は彼らにどのようなインスピレーションを与え、それはどう作品に反映されていくのだろうか。

Dogeatingdogsさんが注目したのは街の音。そこから作品展示のイメージが広がっていった。

「音楽に関していうと、函館って街のいろんな場所で音が流れていますよね。街頭放送があったり、電停で流れている音楽があったり。それはすごく独特だし、街に温かみを与えていると思いました。だから、今回の企画で音楽を作るとしたら展示会場で1週間だけ聴けるものではなく、街に流れるものにできたらいいなと考えています。街頭放送で流れる3時の時報とか、合間でかかるジングルとか。そうやって人の記憶に残るような優しいサウンドを作ってみたいです」

Toshikiさんは創作のフィールドとしての街について、「函館って、まず建物がめちゃめちゃかっこいいですよね。日本の古い建築もあれば、西洋風の建物もあって、それがミックスした建物もあるのって、他にはない特徴だなと思いました。ウォールアートって建物によって絵のハマり方が変わってくるので、いろんな絵を描けそうな街ですよね」と分析。

その上で「だからこそ、ウォールアートがないのが不思議でした。僕も地元が田舎なので、ウォールアートなんて知らないで育ったんですよ。だけど、外に出て初めて見たときに衝撃を受けて、こういう表現や仕事があるんだと思ったんです。そういう体験をしているので、西部地区にもウォールアートを描きたい気持ちが強くあります。そういうものがひとつでもあると、人が街を訪れるきっかけになったり、住んでいる人の気持ちが楽しくなったりすると思うんですよね。今までは大門や五稜郭で遊んでた人が、西部地区で遊ぶきっかけになったり、そういう作品を作りたいです」と語った。

音楽とウォールアート。今年のアーティストインレジデンスに来てくれた2人は、共にパブリックなアートを得意とする作家だ。

そんな彼らが一時的な展示ではなく、街に根付くような作品を残してくれたら、きっと地域には新しい風が吹き込むに違いない。アーティストの感性で街を楽しみ、彼らの表現や言葉で函館を伝えてくれることで、新たに街と関わる人も増えていくのではないだろうか。そういう動きを生み出すこと自体が、アーティスト イン レジデンスにおけるひとつの作品なのかもしれない。

DogeatingdogsさんとToshikiさんの作品制作はこれから行われ、発表は年明けの予定となっている。彼らが函館で体験したことが、どんな作品になるのか、期待して待とう。

文章:阿部光平(IN&OUT -ハコダテとヒト-)
写真・動画:水本健人(FOLPHOTO)