共創のまちぐらし

2022.12.08
共創のまちぐらし
【レポート】アーティスト イン レジデンス@函館

アーティストが街に滞在して、そこで得たインスピレーションをもとに作品を作る。
そんなプロジェクトが函館で始まりました。
函館の旧市街である西部地区に2週間ほど滞在し、生活しながら制作に取り組む『アーティスト イン レジデンス(滞在型の芸術制作)』と呼ばれるプロジェクトです。

今回のプロジェクトに参加してくださったのは、宇田川俊之(写真家)、黒川隆介(詩人)、近藤さくら(画家)、寺本愛(画家)の4名。
いずれも関東を中心に活動されているアーティストの方々です。

2022年9月から始まった滞在期間中には、地域とアートの関係性を考えるトークイベントや、地元の人が街を案内するツアーなどが行われました。
12月に開催される作品展覧会に向け、4人のアーティストは函館でどんな日々を過ごし、何を感じたのか。
その模様の一部をお伝えします。

キックオフトークイベント

今回のプロジェクトでは、4人のアーティストが別々のタイミングで函館に到着。イベントは全員が揃う日程で行われました。
最初に開催されたのは、「地域はアーティストに何を語りかけ、アートは地域に何をもたらすのか?」というテーマのトークイベント。会場である末広町の『シーシャラウンジ Cotton Boy』には、30名ほどのお客さんが集まりました。

メンバーのなかで最初に函館にやって来た画家の近藤さんは、西部地区の印象について次のように語ります。

「今日で函館に来て10日目なんですけど、すっかり落ち着いちゃって。人と話していても、滞在しているホテルのことを『私の家』って言っちゃうくらい馴染んじゃいましたね(笑)。どこを歩いていても海が見えるから閉鎖感がなくて、ずっといても飽きない街だなと感じます。あと、音がすごく面白いですね。朝、ホテルの屋上で過ごしてると、汽笛がなって、カモメが鳴いていて、教会の鐘が聞こえてきてくるじゃないですか。それに、どこかでトランペットの練習をしてる人もいるんですよ。そういう音を聞いていると、外国にいるみたいな気分になれるのが、すごく気に入ってます」

函館に来た日に飲み屋で知り合った人に誘われ、次の日には一緒にキャンプへ行ったという驚きのエピソードを披露してくれたのは詩人の黒川さん。
「知らない街に行ったとき、最初に会った人がいい人でも悪い人でも、その印象だけで土地のことを見ないようにしてるんですよ。だけど、函館の人は今のところ全員ホームランってくらい、いい人ばっかりで。嫌な人に会わなすぎて、逆に不安になってます(笑)。開港都市という歴史があるからなのか、みなさん余所者に対してもすごくフラットに話してくれるんですよ。それに、ただ歩いてるだけでも景色が美しくて、『俺が東京に暮らしてる理由ってなんだっけ?』って考えちゃいますね。この土地に住んでる人には、この土地に住んでいる理由がある気がして、自分にはそれがあるのか不安になりました」
黒川さんの話に、他の3人も激しく同意。昨晩は4人でお酒を飲みながら、真剣に移住のことを考えたそうです。

「土地が作品に与える影響とは?」というトークテーマでは、画家の寺本さんからこんなお話が。
「同じ場所にずっと住んでいると、その環境に肌が溶け込んでいく感覚があって。だから、知らない土地に行くと、改めて自分の体の輪郭を感じられるんですよね。そこにはやっぱり合う・合わないがあって、馴染めない土地にはいくら滞在してても馴染めないんです。函館は風通しがよくて、私にとっては肌馴染みのいい街だなと感じています」
こうした感覚は作品にも反映されるとのことなので、函館では一体どのような作品ができるのか楽しみです。

絵とは制作のアプローチが異なるであろう、写真の作品。土地は作品にどんな影響を与えるのでしょうか?

写真家の宇田川さんはまず「写真の場合、撮ること自体が土地に対するアプローチなので、やっぱり場所が変われば作品も変わりますね」と説明。その上で「今回は街の歴史と絡めた作品を作ろうと思って事前にあれこれ調べて来たんですけど、こっちに来てからいろんな人に会って、今の人たちの生活に意識が向いてきました。そういう変化は、やっぱり現地に来たからこそだし、土地の影響なのかなと。何周かして、また元のテーマに戻るかもしれないですけど(笑)」と話してくれました。
こうして現地を訪れたからこその変化があるのも、アーティスト イン レジデンスの醍醐味なのかもしれません。

質疑応答では、参加者の方々から多くの質問が寄せられました。そのなかで「函館は魅力度No.1に選ばれることがあるが、住民の幸福度では最下位になることがある」という話題が。

これに対して黒川さんは「きっと、一度街の外に出ていかないとわからないよさがあるんじゃないですかね」とコメント。個人的な見解と前置きをしつつ、次のような意見を述べました。

「ずっと住んでいる人からすると、幻想の札幌とか、幻想の東京とか、本当はもっといい街があるかもしれないって考えちゃうような気がするんですよ。でも、外に出て現実の札幌や東京を見てきた人が戻ってくると、函館のいいところがすごく見えてくるんじゃないですかね。そうやって函館の人たちが気づいてない部分にこそ、僕らが作品としてアウトプットすべきところがあるような気がしてて。外から来た人間が、こんなことを言うのはおこがましいんですけど」

この意見には、会場から賛同の声が多く集まりました。トークイベントを通じて、参加者の方々からは「アーティストの方に、これだけインスピレーションを与える街なんだなと思った」や「今日のお話を聞いてて、自分が函館に来た頃に感じていた街のよさを思い出した」といった感想も。
まだ作品はできる前ですが、こうして自分たちの街について考える機会が生まれること自体が「アートが地域にもたらすもの」なのかもしれません。

西部地区街歩きツアー1日目

トークイベントの翌日からは、2日間にわたって西部地区の街歩きツアーが実施されました。ガイドを務めてくれたのは、西部地区で建物の再生に取り組んでいる『箱バル不動産』の蒲生寛之さん。初日は「人の暮らし」を、2日目は「街の風景」をテーマに、西部地区を歩いて回るスペシャルな企画です。

最初に訪れたのは、十字街にある『街角NEWCULTURE』。ここは、蒲生さんと同じく西部地区を中心に、建物のリノベーションを手がけている建築家・富樫雅行さんが運営する複合ポップアップストアです。ちょうど2階部分を改装中で、現場を見学させてもらえることになりました。

現場には古いガラスがはめられた窓枠や、北前船で使われていた船箪笥など、歴史が感じられるものがたくさん置かれています。富樫さんによると、これらの多くは取り壊しになる古い建物からレスキューしてきたものだとか。こうした古材を保管・再利用することで、西部地区には次々と新しいお店が増えているそうです。

歴史ある街だからこそ残っている古い建物や道具。それらの価値に目を向け、再生させていく取り組みは、きっとこの街の未来に明るい光を当ててくれることでしょう。

お昼に伺ったのは、今年の夏にオープンしたばかりの『cafe water』。道南の食材を中心に、オーガニックフードとドリンクが楽しめるカフェです。

こちらでシェフを務める原川慎一郎さんは、長崎でレストランを経営されていますが、知人を訪ねて遊びに来た函館を気に入り、夏の間はこちらでもお店をやることを決めたそうです。

「あんまりいろいろと考えすぎても何もできないじゃないですか。それならやっちゃってから考えたほうがいいかなと思って」

笑顔でそう話す原川さんに触発されたのか、アーティスト4人は移住熱が再燃。移住者の先輩に、熱心に質問を投げかけていました。

肉厚で弾力のある噛みごたえから新鮮さが伝わってくる野菜と、素朴で味わい深いパン、旨味たっぷりのスープに、少しだけお酒をいただき、大満足のランチタイム。落ち着いた雰囲気のなかで、心もお腹も満たす食事ができるお店があることは、その街での暮らしを豊かなものにしてくれるのだと再確認させられました。

充実した気分でお店をあとにした一行は、再び街歩きへ。西部地区で暮らす蒲生さんが日常的に足を運ぶ焼き菓子店や、パン屋、アパレルショップに古書店、雑貨屋などを巡り、各店で買い物や店員さんとの会話を楽しむ1日になりました。

初日の街歩きツアーを終え、黒川さんは「西部地区の面白さは速度を落とさないとわからない」という感想を聞かせてくれました。

「観光で函館に来て、夜景を見て、海鮮を食べて帰っても、『やっぱ北海道は楽しいね』くらいの感想になっちゃうと思うんですよ。だけど、こうやって自分の足でじっくり歩いてみると、素敵なご飯屋さんや、かっこいい服屋さんがある。それを知るか知らないかで、函館に来た人の街に対する印象はだいぶ変わるんじゃないですかね。どっちがいいって話ではないですが、僕は車で一気に目的地まで行くより、自転車や徒歩で速度を落としたほうが面白さが感じられる街だなと思いました」
速度を落としたほうが街の魅力を感じられる。それは西部地区に暮らす人々が日常的に感じていることではないでしょうか。普段は無意識に味わっているけど、言葉にすると実感として腑に落ちるような感覚。詩人の言葉には、そんな力がありました。

西部地区街歩きツアー2日目

2日目の街歩きツアーは『函館公園』に集合。ここが多くの市民からの寄付金と労働力によって作られた公園であるという説明を受けつつ、日本最古の観覧車がある『こどものくに』や、園内の動物園を見て回りました。

この日は日曜ということもあり、園内はたくさんの家族連れで大賑わい。アーティストのみなさんも観覧車に乗ったり、動物の写真を撮ったりと、それぞれの方法で函館の日常に触れていました。

続いて訪れたのは立待岬。津軽海峡に突き出した西部地区の突端です。

「ここの売店のツブ煮が美味いんですよねー!暑い日に昼飲みするのも最高です!」という蒲生さんの言葉につられるように、それぞれツブや飲み物を買って小休止。「美味っ!」、「これはビールほしくなるね!」、「これ以上、函館を好きにさせないでー!」と笑顔がこぼれていました。函館市民にとっては日常的な風景かもしれませんが、外で海を眺めながらお酒を飲めるなんてとても贅沢な環境です。

谷地頭温泉でお昼ごはんを食べ、今度は反対側の突端である弁天町を目指します。まず向かったのは、函館の歴史を支えてきた造船所『函館どつく』を間近に臨む埠頭。たくさんの船と巨大なクレーンが立ち並ぶ風景に、近藤さんは「ぜんぜん違う街に来たみたいですね」と写真を撮っていました。

蒲生さん曰く、西部地区の景色は大きく4パターンに分けられるとのこと。1つ目は津軽海峡を臨む谷地頭エリア、2つ目はたくさんの個性豊かなお店が点在する青柳・宝来町エリア、3つ目は和洋折衷の伝統的な建造物が立ち並ぶ元町エリア、そして4つ目が港町の風情が残る弁天町エリアです。端から端まで車でわずか15分ほどの小さなエリアに、これだけ雰囲気の異なる景色があるのも西部地区の大きな特徴と言えるでしょう。

「東京に住んでいると、自分が今どこにいるのかという実感がわきにくいんですけど、西部地区はどこにいても函館山が見えるし、地形が特徴的でわかりやすいから、自分が立ってる場所を実感できるのがいいですね」という寺本さんの感想も印象的でした。

2日目、最後の目的地は函館山の裏にあたる穴間海岸です。函館市内で唯一の海水浴場で、夕日の名所としても知られています。

この日は少し靄がかかっており、空と海の境目が見えない幻想的な景色と出会うことができました。対岸には薄らと山影が見え、その手前を船が行き来する様子はまるで異世界のよう。4人のアーティストも言葉少なく、不思議な光景に見入っていました。

黒川さんは、この場所が気に入ったようで「今日はきっとコンディションがいいんでしょうね。いろんな表情がありそうなので、函館にいる間に絶対また来ようと思います」と話していました。

街歩きツアーはここまでの予定でしたが、西部地区で家を借りることを真剣に考えたいというアーティスト側の希望により、急遽蒲生さんによる物件案内が行われることに!

「みなさんに、ちょうどいい物件があります!」ということで、紹介してくれたのは西部地区にある一軒家でした。少し古くて、修繕が必要な箇所はあるものの、家賃はお手頃で自分たちで改装も可能という物件です。
滞在日数を重ねるごとに函館への興味が高まり、暮らすイメージが具体的になっていったという4人。「この街に拠点を持つことは、自分たちの創作にもいい影響をもたらすのではないか」ということで、なんとみんなで一軒家を借りることになりました!
滞在して作品を作るだけでなく、アーティストが拠点を持つという思わぬ展開になった今回のプロジェクト。それだけ本気で街と向き合うみなさんが、どんな作品を作るのかますます楽しみになっていきます。

知内町アテンドツアー

「せっかく来たなら、とことん楽しんでいってほしい!」と思うのが函館人の気質なのでしょうか。別の日には、函館で食品開発やイベント制作などを手掛ける『ハコダテミライカモン』の案内で、近郊の知内町まで足を伸ばすツアーが組まれました。

西部地区を出発して、函館湾をぐるりと回るように車を走らせること1時間。最初にやって来たのは、1955年に知内町で創業した『齋藤製作所』です。
こちらは成型合板加工の技術で家具を製作をしている会社で、実際に機械が動いているところを見学させてもらいながら、工場内を案内していただきました。

まず驚いたのが、その規模感。齋藤製作所では、お客様の問い合わせから、家具の生産・出荷までを一貫体制で行っており、敷地内には事務所や工場だけでなく、展示スペースも併設されています。

ジャンルは違えど同じくものを作る人として、真剣な眼差しで説明を聞くアーティストのみなさん。「家の契約が無事に済んだら、こういう地元の家具を置きたいよね!」なんて夢も広がります。

知内町はニラの産地としても有名です。その生産量は、なんと北海道一! 甘くてシャキシャキした食感のニラは、道内はもとより、全国各地にも出荷されています。

今回のツアーでは、若手農家さんの畑を訪れて、収穫体験をさせてもらいました。根元にザクッと鎌を入れると、切り口からはニラの汁がじわり。新鮮なニラには汁が滴るほど水分が含まれているなんて、街のスーパーでは知り得ない情報です。食欲をそそる香りに包まれて、たちまちお腹が空いてきます。

採れたてのニラを分けてもらった我々は、町内で民宿と飲食店を営む『ムラカミ屋』へ直行。こちらで地元産のホタテやカキ、そしてニラを使った料理をいただきます。

生産地だからこそ食べられる鮮度抜群の食材に、「東京に戻ってからのご飯が心配。何にも感動できなくなりそう」と笑うアーティストの面々。いくら輸送技術が発達しても、やはり生産地で食べる鮮度には敵いません。そんな豊かさを知内でも強く実感させられました。

食事の後は、開湯800年という北海道で最古の歴史を誇る知内温泉へ。この日はなんと敷地内の川沿いにテントサウナを立てて、アウトドアサウナを体験させてもらえることになりました。

それぞれ水着に着替えて、まずはストーブでガンガン薪が燃やされているテント内へ。熱されたサウナストーンに水をかけると勢いよく蒸気が立ち上り、室内の温度が一気に上がります。

そのまま汗をかき続けること約10分。テントを開けて向かう先は、水風呂代わりの川です。勢いよく飛び込んで清流に全身を浸すと、自分の体と川の境界線が溶けてじんわりと一体になっていくような感覚がありました。

川から上がった後は、しっかりと体を拭き、椅子に腰掛けて外気浴。次第に穏やかな心持ちになり、降り注ぐ太陽の光や川のせせらぎなど、身の回りにあるあらゆるものが心地よく感じられます。

アーティストのみなさんも恍惚とした表情。全身を自然に委ねるような感覚になるアウトドアサウナには、頭を空っぽにして、新鮮な気持ちで物事と向き合える状態を作る効果があるのかもしれません。

函館の歴史や文化を巡る西部地区の街歩きに対して、知内のツアーは全身で自然を体感するような内容になりました。きっとアーティストの方々にも創作のインスピレーションを与えてくれたことでしょう。

現在4人のアーティストは作品制作の真っ最中です。完成した作品は12月15日から、函館市内各地での展示を予定しております。
これに併せて、12月9日には4人が再び函館に集結し、『clothes&goods LOFT』でトークイベントを開催いたします。函館滞在から作品が完成するまでのお話が聞ける貴重な機会ですので、前回お越しになった方も、その後でプロジェクトをお知りになった方も是非お越しください!

「ANA meets ART “COM” 2022 HAKODATE」の記録動画